起業家教育の実態について

岩田 年浩

2002年11月2~5日、ノースカロライナ州シャーロット市で開かれた第20回全米起業家教育学会に出席し、後ミズーリ州カンザス市の学校とカウフマン・ファンデーションを訪れた経験を中心にアメリカの起業家教育の実態について報告する。

1   ブームになっているアメリカの起業家教育

90年代のアメリカ経済の復活・繁栄と重なるこの間、
①小中高から大学まで(社会科・経済科・英語科・技術科などを通じて)、個人が小さい企業をどのようにして起こすかの教育が大規模になされてきた。
②11才から29才までの若者の2/3が起業を起こす意欲を持っており、自らが経営のトップになりたい希望が1/2を越えているという調査結果が公表されている。・・・小遣いは休暇中に稼ぐ、大学では奨学金が当然という社会。MBAを取ると所得は2~3倍であり、若者の夢はビジネス・スクールへ向かう。MIT出身者の内約35%が従業員300人未満の若い企業に就職する(日本では、大企業へ就職することがすばらしいとされている)。
そして、アイディアそのものに価値を認める風土(日米の特許制度の違いにも現れている)
③アメリカのGDPは1987年の4兆5000億ドルから2002年の9兆8000億ドルへと2.17倍になったが、サービス業の付加価値は同期に7800億ドルから2兆ドルへと2.56倍に急成長している(Census of Service Industriesより)。その原因はコストダウンを動機としたアウトソーシングの進展にあった。起業家教育はこうした経済のサービス化・脱工業化とによる収穫逓増のニューエコノミーと連動してきた。また、外生的要因としての移民増加による人口増(2002年の人口は2億8320万人)もプラスに作用した。
④各地の教育センターや企業がそのためのプログラム(ネット上でも)を開発している。つまり、自分の夢や希望を企業の立ち上げによって果たしたい傾向が強い。・・・現代のアメリカ文化とも言えるのではないか。プログラムの中には、環境ビジネスや企業の社会的責任にふれた部分(法律問題として)もある。
⑤求められるビジネス・リーダーの資質はコミュニケーション能力・感性やセンス・熱意であって、経歴や学歴ではない。これは、進行するネットワーク社会をプロデュースする能力と言える。しかし、サラリーマンやOLでも創業を目指すタイプと自分の時間を大切にするタイプに2極分解している。
⑥また、こうした小企業(スモール・ビジネス)の勃興とそれに対応する小口の金融機関(総資産10億ドル未満のコミュニティ銀行―数の上では96%だが、資産合計は20%を占める―)がアメリカ経済を根本から活性化させてきた。さらに、従来のニューヨーク市場などと異なるNasdaq市場が創業を支えてきた。Nasdaqはピンクシート市場の約2万社の気配値が日々公表され、その内から優良銘柄が選ばれ(上場でなく)登録・公開されて形成されているもので、取引所という場を持たずにネットワーク化された市場である。例えば、マイクロソフト、インテル、サンマイクロシステムズ、デル・コンピュータなどが短期間に株価を上げ、資金を集めてきた。資金調達における株式市場の位置は大きい(日本との違い)。また、アメリカの株式市場・債券市場に向けて世界の資金が流入してきた事情もある。
⑦大学がコンサルタント機能をもったインキュベート施設をもっている(日本と違う)。
⑧連邦政府は次の5点の公共政策で起業をサポートしてきた(American Formula For Growth, Kauffman Foundation 2002)
 ・小企業への資金市場の充実
 ・ 研究開発と知的所有権問題への準備
 ・ 技術開発の能力をもつ人材への投資とベンチャー企業への移動の促進
 ・ベンチャー企業の立ち上げを容易にし、新しい市場を切り開くこと
 ・これらのためのインフラストラクチャーの整備
⑧つまり、戦争とデモクラシーの2つの顔を持つアメリカ社会の中で、人々はこのような根強い文化を創り上げてきたと言える(つまり、フロンティア精神とボランティア精神からなる)。そして、建国以来アメリカ国家自体がベンチャーともいえるし、今回のイラクへの戦争を肯定する素地が起業家精神とあまり矛盾無く培われてきた。特に90年代の民主党政権の時代は“ソフト・パワー”と呼ばれる、経済に力を入れた(ニュー・エコノミーの)時代で、今日の共和党政権のようにパワーが戦争に向けられた時代とは異なる。

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2   起業家教育における経済学の位置

 経済学の占める位置は高い・・・日本の現実とは異なっている. 起業家精神は生産要素に加えられることもある.経営学が組織の巨大化に伴う管理と組織の学の傾向が強いのに対して、経済学は市場・需給・価格・利潤・経済政策という起業に欠かせない内容を多く含んでいることがこうした結果になっていると考えられる。
 経済理論としては投資行動を陽表化したケインズ派の理論がセンスとしては共有するところが多いと考えられるが、学校レベルでは取り上げられない.3で見るようにね経済学・経営学・法学が関係する。

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3   起業家教育の目的と内容
 内容はこの20年間体系化が進んでいる. しかし、自己啓発的な性質はいずれの教材にも貫かれている。

① 起業家教育の目的

 ⅰ) 何を学ぶか
・ 起業家は物事をどのように考えるか
・ 自分の関心あるスモール・ビジネスをスタートさせ進めていくにはどうすればいいか
・ 十分な研究に基づいて、予期されるリスクをどう考えるか
・ 貯蓄・利子・需給のような基礎的な経済概念を理解すること
・ 経済社会の中での、営利を目的とした部門と非営利部門や公共部門の区別

 ⅱ) 何をするか
・ ビジネスに関係した、法的・倫理的・政治的問題の探求
・ ビジネスプランを具体化するために、金融制度と出会うこと
・ 地域社会での起業家との研修
・ 金融・小売・サービス・ハイテクなどのさまざまな産業にふれる
・ 企業家精神に焦点をあてて、競争を参加する

 ⅲ) 身につくスキル
・ クリエイティブに批判的に考えること
・ ビジネスプランに練り上げること
・ ビジネスや技術、マーケティングのコミュニケーションがとれること
・ 仕事を作り出すことの目的が理解できること

② 内容は体系化されている(出所は同上)

起業家精神および事業家としての思考、知識、技術のエリア
  • 「基礎段階」
    • 1、基礎的なリテラシー
    • 2、問題を見て次にそれらを解決するかそのままにするかの方法を見つけだすこと
    • 3、解決策または答えを見つけだすためにいろいろな情報を使用し考えること
    • 4、解決策が2つ以上ある場合、選択することができること
    • 5、見失われているかもしれない機会を考えること
    • 6、新しい方法で考えたり、情報を組み合わせること
  • 「形成段階」
    • ①(マネジメント関係)
    • 7、時間をうまく活用すること
    • 8、より賢明に予算を立てること
    • 9、他のメンバーの管理
    • 10、他のメンバーを動機づけること
    • 11、他のメンバーのチーム目標が達成できるるように協力すること
    • 12、より良い解決策を見出すこと
  • ②(コミュニケーション関係)
    • 13、他人の意見に耳を傾けること
    • 14、他人の前でプレゼンテーションをすること
    • 15、文書が簡潔で効果的なこと
    • 16、2つ以上の言語で通信できること
    • 17、電子メール・インターネットおよび他の技術を使用したり、情報を送ること
  • 「実際段階」
    • ①(起業家精神関係)
    • 18,よい機会、悪い機会を見分ける能力
    • 19,事業計画(書)の意味を読みこなす能力
    • 20,ビジネスを始めるために何が必要か解っていること
    • 21,会計や簿記に関すること
    • 22,財やサービスの販売と宣伝
    • 23,どの価格を基準にすべきであるかを決定できること
    • ②(経済関係)
    • 24,決定を下す場合、他の選択を放棄できること
    • 25,市場の需給の役割がわかっていること
    • 26,ビジネス社会における政府の役割を知っていること
    • 27,貨幣価値とインフレやデフレの関係がわかっていること
    • 28,世界経済に向かって進出する方法を知っていること


③ CDソフトのカリキュラム例(BizTech An Internet-Based Learning Program社)

1) 入門的分野
・ 起業家精神とは何か
・ 機会費用の認識
・ スタッフを選ぶ
・ 損益計算書の準備
・ 投資と収益
・ 銀行と資本

2) 基礎的分野
・ 消費者のニーズの満足
・ 記録の保存
・ マーケティング
・ マーケット・リサーチ
・ 経済関係の法律の仕組
・ 成功へのカギ
・ 記述的能力

3)  総合的分野
    ・ 需要と供給
    ・ 需要と供給の予測
    ・ 損益分岐点
    ・ 株式市場
    ・ 売ることは教えること
    ・ 販売促進
    ・ 独占的所有の規制
    ・ 資金調達
    ・ 税金の取り扱い
    ・ 金融の指標

4 教師が生徒達を刺激する発問としては次のようなものが目立つ

  「君のギアを変えよう」 Change Your Gear!
  「エンジンをスタートさせよう」 Start Your Engine !
 「仕事を生み出そう」 Making A Job !
  「誰もが機会費用をもっている」
  「リスクはたくさんある. そこでどうする?」
  「やってみたいことをしてみたら?」
  「成功するには起業家のスキルが必要」
  「君はどこで、どのようにスタートするのか見つけてみなさい」
  「知識が少ないと危ないぞ」
  「起業家へのインタビューをしてみたら?」
  「創業のための情報や資料を探そう」
  「商店や企業はどんなマーケティングをしているかな?」
  「創業時のコストは?資金はどうする?」
  「損益分岐点って知ってる?」
  「キャッシュフローの見通しは?」
  「株式市場で資金を集めるにはどうするの?」
  「戦略を立てなきゃ」

4  日本の若者の経営者像と起業意欲

 京都の修学院中学・皆山中学・三重大学付属中学での調査では、・・・・・・
 社長は「金持ち」「偉そうな人」「苦労や工夫などと関係ない」と思っていたという答えが多かった。つまり、社長は元々から特別高かった・・・日本社会で男子の方が親のはめたレールを走らされる傾向が強いのではないか。しかし、男権社会の傾向は強く、女性起業家の数はきわめて少ない。
 また、学校では経済や経営のことを遠ざけてきた実態もある。これは、金をもうけることに対する拒否が根強いことを物語っている。その上、失敗(倒産などの)を避ける、そして失敗から立ち上がる可能性が狭くなっているという、恥の文化がまかり通っている。
 なぜ、起業家教育はわが国でも必要か
 ○ ニーズが多様化した成熟社会になっている
 ○ 知的所有権や特許権などアイディアが重視される社会に向かっている・・・法科大学院の設立もその現れ
 ○ 「ゆとりの教育」も起業家教育がなければ大した意味を持たない・・・その中で、魅力ある大人に出会う機会を増やすべき
 ○ 競争原理に向かうには、こうした教育が広く深くなされないと実質がともなわないことになる。な人というとらえ方になっている。従って、起業のイメージ<巨大企業に支配されない独立性・新しい技術やアイディアをもつ革新性・起業家精神>が育っていない。
 リスクを考えた経営といっても無謀にリスクを背負うことととらえてしまい、Planed Riskとは考えられていない。そして、日本では、創業は危ないこととして捉えられている。1956年にサラリーマンは1913万人だったが、96年には5322万人と2.5倍に増加したが、自営業主と家族従事者は2258万人から1147万人へと半減している事実は創業が根付かなかったことを示している。
 ベンチャーの社長の実話に対する関心や「自分も経営をしたい」という意欲は女子の方が、明らかに

  

5   起業意欲の高まる情報化社会

 情報化による社会の変化は何が革命的か
   ① 熟練度などがコンピュータのソフトやハードにふくまれる
   ② 収穫逓増期をふくむ、労働生産性の向上によるコストダウンと雇用の創出
   ③ 大量生産(そのはしりはT型フォード)から多品種少量生産へ
   ④ 巨大な資本が必ずしも必要でなくなる(所有へのこだわりの変容)
   ⑤ 業態の壁が低くなる(サプライ・チェーン・マネジメントは代表的)
   ⑥ ネット・ビジネスをリードする「ウェブ・プロデューサー」がリードする社会―行政・教育・政治・経営・学問など―


6 起業的改革はベンチャーでも、大企業でも登場している

⑦ 代表的な動きの実例
・ 福岡市のペンシル社の覚田義明氏のウェブ・プロデューサーの育成とネットワークの形成
・ バネで日本一の東海バネ社(大阪市)
・ 6/100ミリのネジの生産で伸びる山善
・  1年でアクセス数が1万件を越えた、姫路市の「村の鍛冶屋」・・・自転車などのカギの生産

② 大手企業の改革
     ・ 日産自動車のトップからの変身(ゴーン氏は7時~23時まで勤務)
     ・ 松下電器のライフ・ネットワークの形成
     ・ 社内の給与体系を改革した好調のカメラメーカー・・・キャノン・リコーなど

③ アメリカのIT企業の特徴
 ・  知識社会を地で行く知識価値の集積・・・株価の時価総額に対する純資産の割合は、マイクロソフト社で20.8倍、インテルで6倍、IBMで5.8倍。
つまり、会社―特にIT企業―の価値は建物ではなく、無形の知恵と知識の集積にある
特に、90年代には、ニューエコノミーを牽引した。
 ・ ニュービジネスの例―起業関係―
  チルドレンズ・フィナンシャル・ネットワーク社・・・子供に銀行や金融を教えることと銀行業務
  カーニバル・クルーズ・ラインズ社・・・中流層でもいけるクルーズ(マイアミから7日カリブ海へ。1200ドルで)
  ポルティロ社(イリノイ州)・・・ホットドッグショップのチェーン展開。ノスタルジックなデザインで雰囲気作り
  インテリコール社(テキサス州)・・・電話のメッセージを相手に15分に1回づつ伝える“スマートフォン“
  インスタント・カー・クーラント・・・自動車の車内の温度を瞬時に下げる(物理学者の発明)

④ 彼らに共通するもの
    ・ 消費者のニーズを把握し、ライバルの動きをにらんだ、マーケットの事情を分析している
    ・ 社内外の問題の所在を理解し、きちんとした経営戦略をもっている
    ・ 絞った目標(単なる願望でない)
    ・ IT化など新しい動きに対応している
    ・ これらを支える起業家精神がある(目標は自己実現とも言える)

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