景気変動をめぐる経済学各学派の理論的特徴について

岩田 年浩

Ⅰ 二つの経済学

 §1 共通点 

近代経済学とマルクス経済学はともに合理論または決定論としての性格をもってきた。このことは古典派経済学そのものが啓蒙思想の流れから生じてきたといういきさつにある。従って、経済現象から本質的なものを抽出するということでは共通している(しかし、経済分析の研究対象に何を含むか、科学的研究方法とは何かということに分け入ると両者の相違は歴然となる)。

   古典派経済学とこの流れをくむ潮流は言うまでもなく均衡理論であり続けた。この古典派経済学批判の立場に立ったケインズ経済学は投資が事後的に決定されるものではなく企業の予想利潤率によって決定され、しかも乗数過程を通じて所得額が決まると言うリアルな発想を打ち出した。マルクスの『資本論』体系も基本的には資本主義の再生産機構を証明しつつ、その構造を批判的に説明した。つまり、“均衡”概念は共通するものであった(ただ、過少消費説や部門間の不比例説によって資本主義の自動崩壊を説く学派もあったが、これらは論破された)。

  ここで、均衡概念と均衡点や平衡点への収束を帰結する均衡理論との違いが注意されねばならない。

  さらに、評価は異なるが「市場」とは何かを扱う点が当然の共通点である。商品貨幣経済の発展はおびただしい社会的分業を生み出してきたが、現代に至る市場の役割を完全に近いものと見るか、欠陥や問題点を見るかによって学説は分岐してきた。

しかし、以後の展開はイデオロギー対立の中で二つの経済学はその相違点が印象付けられるものとなっていった。

 §2 目標は効率か公平か

  二つの経済学の目指すものは、効率(近代理論)か公平(マルクス理論)かに求めることができよう。その意味では、各々の経済学の中の学派はそれぞれ同根と理解することも可能である。

  しかし、使われる用語と理論体系には決定的な相違があった。

§3 近代経済理論の特徴

 資本主義経済を前提し、その中で経済を成長させるにはどのような経済原理が機能しているのか、そのためにいかに効率的な経済活動を行うことができるのかということが近代経済理論の特徴である。この特徴は先進国における経済成長に大きな成果・威力を発揮してきたといえる。そして、古典派・新古典派からケインズ派、さらにマネタリズム学派や新しい古典派の流れは、市場をどのように見るか、国家の経済的介入をどのように評価するか(つまり、放任か保護か)が議論されてきた流れでもある。

しかし、基礎概念であるGDPそのものが量的次元の問題であり、質を問わないという根本的な問題をふくんでいる。ケインズ『一般理論』の体系はIS-LM分析に依らないで、原初的特長を生かすと以下のようになろう。


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こうしたケインズ『一般理論』の体系は1980年代までは、国家独占資本主義を支える理論としてマルクス経済学からの近代理論批判の主要な対象となっていた。

  ケインズのこの体系の基礎にある消費関数は「近代社会の基本的心理法則に基づく」ものとして想定された。以後の、クズネッツによる長期消費関数はアメリカ(1869-1938年)の統計から経験的に導かれた。つづく、恒常所得仮説(フリードマン)・生涯所得によるライフサイクル仮説(モディリアーニ)・流動資産仮説(トービン)・相対所得仮説(デューゼンベリー)も経験や現実感覚に基づいており、生産関係から導かれる消費のマルクス的分析とは異なっている。

また与件として捨象されたもの(例えば、資源や環境そしてアンダーグランドの経済など)の問題がしだいに大きくなってきたということもある。また、ミクロ的に個別企業や個別の財(商品)での均衡がマクロの均衡をもたらすことも必然ではない。

さらに、分配問題についてはA.スミス以来の生産要素への還元という発想(つまり地主の所有する土地から地代、資本家の所有する資本から利潤、労働者の所有する労働から賃金という考え方はこれら三つの階級間の生産関係を隠蔽する三位一体範式としてマルクスは批判した)が継続している。特に、J.B.クラークの限界生産力理論は限界生産力の逓減の説明の上に、分配理論を構成していた。それは資本家が起業の内部でなす原理と同様に国民経済での分配も行われるというものであった。限界効用で決まる消費財の価値によって、生産財の価値も決定されるが、利潤は経済が均衡から離れている場合に一時的に存在するものであった。クラークやL.ワルラスは利潤の源泉を均衡の撹乱に求めた。J.A.シュムペーターの経済発展論はこの利潤概念の延長上で展開されたものである。

よく用いられる、コブ=ダグラス型の生産関数 Y=AKαLβ (ただし α+β=1) では、αやβはそれぞれ資本と労働の分配率を表しており、生産関係を重視するマルクス学派とは大きく異なるものとなっている。価値論そのものの違いが表れているのである。

§4 マルクス経済理論の特徴

 これに対して、『資本論』の論理体系はヘーゲル論理学の方法によって本質を追究していく。『資本論』に依拠するマルクス経済学は資本主義のもつ基本矛盾(生産の社会化と取得の私的資本家的矛盾)を元に資本主義経済への批判を展開した。

それは近代理論における市場の限界(この点ではケインズ派の主張と質的な共通点をもつが、社会的弱者への配慮や環境問題など市場になじまない問題に対するラジカルな批判がなされる)と利潤追求の行き詰まりが生じる問題や人間の論理を合理的経済行動にしぼることへの批判として取り上げられてきた。つまり、資本主義が持つ諸矛盾が拡大してきたことが論じられる。また、景気の変動は10年周期の過剰生産恐慌として、論証や実証が行われた(バルガ、林直道)。

マルクス経済学においては純粋に経済の外にある国家とその役割についても、経済現象を理解するための中間項として体系に含んできた。しかし、現実に形成された社会主義国は東西冷戦の中で、強力な軍事組織と官僚組織を生み出し、マルクスの理想からは大きくかけ離れたものとなり、民生へ予算が振り向けられる部分は多くなかった。このことがソ連をはじめとする東ヨーロッパの社会主義国の崩壊へつながった。この現実はマルクス経済学の権威を傷つけたと言えよう。

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Ⅱ 景気変動論をめぐってー投資をどう位置づけるかー

§1 不安定性

二つの経済学は市場とそこで生じる景気の変動をどのように説明するかという点で決定的な違いを表してきた。

 古典派・新古典派とそれを現代の次元で精緻に復活させたマネタリズム学派・新しい古典派は市場を完全に近いものと考えてきたため、景気の変動そのものへの関心よりも、主な関心は生産力と生産性を向上させるには何が必要かにあった。基本となったソローの基本方程式 ⊿k=sF(k,1)―lk は資本と労働からなる生産関数を基礎に、完全雇用・完全販売・完全稼動・完全情報という極めて抽象化された、しかも非現実的想定のもとでつくられたものであった(ここでkは資本労働比率、sは貯蓄率を示し、lは資本蓄積率で労働人口増加率と等しい)。しかし、この理論の帰結は、① 一人当たり資本が小さいほど経済成長率は高い(これは多くの発展途上国の実態とはまったく異なるものである) ② 先進国ではkもyも定常状態に収束する(先進国ではkもyも傾向的に増加してきたのが現実である)。こうした非現実性への対処は新しい古典派経済学によってなされることになる。 

むしろ、景気変動の研究はケインズ派経済学者の主な関心事であった。J.M.ケインズは(投資を事後的投資としてしか扱わなかった古典派を批判した)投資行動の積極性を取り上げ、投資が予想利潤率によって決定されることとそれを引き上げる手段としての政府支出(公共投資)の役割を論じた。ケインズが所得の絶対量水準で貨幣賃金と利子率の下方硬直性(市場の失敗)から不完全雇用均衡を説明したものをR.F.ハロッド(ポスト・ケインジアン)は経済成長率の次元に発展させ(動学)、投資行動の不安定性原理を展開した(長期における自然成長率Gnと適正成長率Gwの乖離、短期における適正成長率と現実の成長率Gの乖離)。

 ここで、不安定性とは景気変動の天井と床に挟まれた中で、投資行動が上方または下方への不均衡累積性を示すことをいうもので、投資行動の収束的動きを否定するものである。当然、体制の不安定性の意味ではない。以後もケインジアンに共通するのは市場の調整能力が完全とは見ない観点であり、これについてはマルクス学派とも共通点をもつ。

 こうした近代経済学の動きに対して、戦後のマルクス経済学者の一部は超越的批判や過少消費説・生産部門間の不比例説などを議論した。ほか、内在的批判の立場からの研究(杉本栄一・末永隆甫)や数理的マルクス経済学者の研究(置塩信雄)があった。後者は、もし価値論(利潤の存在定理)や分配論における階級対立の議論を除くならば資本主義経済における投資行動の不均衡累積性を数理的に展開した点でハロッドの不安定性原理と本質的に共通するものであった。それは前期の市況において生じている資本の過不足X(ハロッド)や稼働率δの適正水準からの上下の乖離(置塩)が生み出す(投資関数のあり方を中心にした)不安定性の研究であった。

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 近代経済学において、古典派の復活が著しくなる1980年代以降、マルクス経済学からの批判対象はマネタリズムや合理的期待学派になり、むしろケインズとケインズ派は市場の不完全性をついた特徴を持つものとしての評価をする傾向も出てきた。

 これらと類似した累積的因果関係論という研究がN.カルドアやK.G.ミュルダールによってなされた。カルドアは経済成長率と収穫逓増が支配的な製造業の成長率の正の相関を論理的に展開した。また、ミュルダールはこれらの正の相関(波及効果)と負の相関(逆流効果)を提議していた。しかし、前期の市況に反応する投資関数が設定されているわけではない。

 市場がランダムに変動することの原因の追究はこのようになされてきた。

§2 景気変動の原因

 景気変動の分析は単に現象面の周期性の分析にとどまらず、何が景気の変動を引き起こすのかという根本原因の分析こそが重要になってくる。

A 非ワルラス的ケインズ的均衡の発想の中でのもの

 a 供給側の技術変化に原因を求めるもの  新技術・・・シュムペータ

                     技術の再編・・ハイエク

 b 需要側の投資行動に原因を求めるもの  市況に反応した投資関数・・・ハロッド、置塩信雄

                    実質賃金率の上昇による利潤率の低下・・・宇野弘蔵

消費や産出量の変化に反応した投資関数

・・・サムエルソン、ヒックス

                    市場の不完全性・・・[ポスト・ケインジアン]、[ニューケインジアン]

B ワルラス敵均衡の中で考えるもので、技術や財政政策など外生的とされてきたものに要因をもとめるもの・・・[新しい古典派]     

 いずれも、利潤と利潤率獲得が企業のモチベーションになっていることを認めながら、何がマクロ経済の本質か、何が景気変動にどのように作用するかを考える上では投資行動の重視の程度や因果連鎖の設定が全く異なるものとなっている。

 マルクス学派の恐慌論では、(設備投資を中心にした)生産能力の過剰と消費需要水準の乖離(いわゆる生こ産と消費の矛盾)が周期的(10年)過剰生産恐慌の原因とされてきた。また、資本主義は恐慌に陥ると、まさにその恐慌によって再び上方への軌道が準備されるメカニズムを備えているとされてきた。しかし、第一次オイルショック後には独占資本の強大化と好況によって、この周期性は弱まった。そして、景気循環の研究はそれほど注目されるものとはならなかった。



Ⅲ 精緻化する均衡理論―市場をどう見るか― 

投資行動を経済分析の中心にすえるかどうかの問題は市場を均衡回復力を持ったものと見るか不均衡を拡大するものと見るかの問題に連動している。

§1 新しい古典派とリアルビジネスサイクルの理論

 1960年代、新古典派経済学とケインズ経済学の総合(新古典派総合―経済が完全雇用にもどれば古典派の経済理論が適用可能になるというもの)をめざしたのはP.サムエルソンであった。彼の業績は実証可能な経済データを基礎に、経済理論の物理化と数理化をすすめ、一般的な経済学の標準(教科書)を仕上げたことにあった。

 しかし、ケインズ経済学と均衡理論(たとえばワルラス的均衡)の発想は全く異なる。ワルラシアンの場合は均衡経路からの乖離はその乖離幅が大きいほど均衡経路への復元力がはたらくが、ケインジアンの場合にはこれとは逆にますます乖離幅を広げると考える。1980年代にこれら二つの考え方をケインズ理論の上に融合しようという試みがなされた。レイヨンフーウブドの「回廊の内と外での調整の違い」の問題である。

ケインズ経済学はやがて、先進国病とスタグフレーションを背景に登場してきたマネタリズムに経済理論の主役を譲っていった。

M.フリードマンに代表されるマネタリズムによる古典派の復活は当初、簡単なモデルを形成することによって合理性の考え方をおし進めることにあった。ケインジアンとマネタリストの対立をIS-LM平面で考えてみると、マネタリストは下図のように(ケインジアンとは正反対の)垂直に近い右上がりのLM曲線(投機的支出の利子弾力性が高い)と水平に近い右下がりのIS曲線(つまり、実物投資の利子弾力性が小さい)を仮定し、財政政策の有効性に疑問を投げかけた。ケインジアンの想定を極端にすると、「流動性の罠」(つまり、金融市場の低迷の中で人々は利子率が下限に達していると考えて安全性を重視し、貨幣を退蔵する)に陥り、金融政策を緩めるLM曲線の右へのシフトは均衡国民所得を増加させる効果をもたない。他方、マネタリストの想定では、IS曲線は水平化しているために「クラウディングアウト」(財政政策を実施しても、貨幣市場の利子率が変化するためその効果が減殺されてしまうこと)ことになる。1)

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フリードマンたちはフィリプス曲線から導かれる経済政策(物価の安定と不況対策の選択)の根拠を批判し、インフレ率の決定要因に期待インフレ率を加えた。つまり、名目賃金の上昇率には労働市場の需給だけでなく予想物価上昇率が反映されていると考えたのである。その理由は名目賃金の上昇には実質賃金が維持されるような労働者の行動が反映されていると見たのである。確かに、現代の労働者は名目賃金でなく実質賃金を判断材料にしている。しかし、中長期的に成立する期待インフレ率=現実のインフレ率という状態では失業率はインフレ率に左右されない自然失業率水準に帰着する。およそ3%とされるこの水準を当然の結論として認めるか否かで論争が生じた。

70年代の論争で、フリードマンに対峙したのは後で見るケインジアンであった。

しかし、80年代に入って、合理性の考え方を構造的なモデルで説明しようとする新しい古典派経済学が登場してきた。この学派をリードした、R.ルーカスやT.サージェントは合理的期待仮説をたてた。この学説では期待インフレ率は現実のインフレ率に追認されることになる。ここでは合理的に期待を形成していく経済人が導入されている。また、経済システムは常に均衡状態にあると仮定されており、景気変動の原因はもっぱら外生的要因に求められる。ルーカスの誤認による景気循環論は自企業の価格以外の情報をまったくもたない企業が一般的な物価水準の上昇を自己の相対価格の上昇と読み間違え、生産量を増加させることらなる。このことに、景気変動の原因が求められている。これは物価と生産量の間に正の相関があり、物価・価格をふくむ情報提供の産業分野が存在しないという(今日では、非現実的な)前提をしているのと同じである。

従来の景気変動に関する議論が「市場の失敗」的発想の上に立つものであったのに対して、合理的期待仮説にたつ景気変動をワルラス的均衡の次元で論じるという新たな特徴を持っていた。そして、景気変動のいずれの局面でもケインズ的な不況対策を否定する本質はマネタリズムの伝統を引いたものとなっている。

さらに、マクロ経済学のミクロ的基礎づけという近代理論の課題に向かったのはリアルビジネスサイクルの理論であった(F.E.キッドランドとE.C.プレスコット)。これは異時点間の労働の代替を古典派モデルに組み込んだもので、景気変動が生じるのは財政支出の変動と技術ショックが利子率の変動を経由して産出量と雇用量の変動をもたらすことにある。そのために、実証的には「ソロー残差」⊿A/Aの原因としての技術ショックが強調される。

    ⊿A/A=⊿Y/Y―α⊿K/Kー(1-α)⊿L/L  Aは全要素生産性 

 この学説では実物面(外生的技術ショック)が産出量の変動を引き起こすが、この均衡は競争均衡であり、完全雇用均衡産出量であり、政府の役割は意味を持たない。従って、政策提言も期待できないことになる。

総じて新しい古典派経済学に至る主流派の流れは均衡理論の精緻化を進めた流れと言えよう。しかし、雇用量は産出量の変動にもかかわらず、一定値を取り続けるという結論は現実とは異なる。短期を中長期につなぐ投資行動の分析が抜け落ちているという根本的な問題点が引き続いている。また、外部性・収穫逓増・不完全競争市場の設定は果たして資源の効率的配分を達成できるのか、家計の効用極大化を達成できるのかという疑問が残されている。

 §2 ニューケインジアン

 引き続き“市場の失敗”を論じる観点から、景気変動を論じたのはJ.トービンらであった。彼らは変動する財市場に先行する株式市場の分析において、トービンのqを定義した。これは株式市場で評価された一国全体または個別資本の価値を現在再取得する場合の資本の価値で割ったもので、投資(資本財への支出)qの変動が産出や雇用の変動と密接につながっていることを示したものである。主流派の均衡理論とはまた異なった発想で、景気変動をあつかっている。

これに続いて、ケインズ経済学の流れにあるN.GマンキューやD.ローマーは個別企業や消費者の制約条件の下での最適化行動が名目および実質価格の硬直性の説明や個別企業の利潤極大化とマクロ経済での収穫逓減の並存が論議された。

また、R.ドーンブッシュ S.フィッシャーは期待について修正されたフィリプス曲線または動学的供給曲線を導きケインジアンーマネタリストの統合モデルを提議した。表面的な関心は期待形成の合理性に向けられたが、根本問題は市場の機能を完全と見るか不完全と見るかにあった。

 しかし、かつてのような「供給サイドか需要サイドか」「マネタリストかケインジアンか」の分類基準は薄れている。新しい古典派でのモデルの構造はヒックスに始まるIS-LMから導かれていく総需要関数とフリードマンの自然失業率仮説を結びつけたものであった。また不完全情報の扱いは新しい古典派経済学によってもなされてきた。ニューケインジアンの方でも、個別企業レベルでの価格の硬直性とマクロでの伸縮性を検討した研究もある(A.S.キャプリンD.F.スプルバー)。そして、マクロのミクロ的基礎付けをふくむと言う点では近代理論の中では共通した動きになっている。こうした傾向はケインズの当初の含蓄の深いリアルな体系の魅力を薄めることになっている。



Ⅳ マルクス学派の新たな資本主義批判

 §1 レギュラシオン理論他

市場の不完全(または市場の失敗)をいう点で、ケインジアンとマルクシアンは共通しているが、そのもたらす問題を与件とされてきた諸問題(経済学の外にあるとされてきた地球環境問題や社会的問題)に広げて考えるには至らないのが両者の違いといえよう。

1970年代の後半、フランスの官庁エコノミストを中心に生まれたレギュラシオン理論(R.ボワイエは代表的である)は従来のマルクス経済学とはかなりの違いをもっている。レーニンによる資本主義の発展段階(自由競争の資本主義から独占資本に基づく帝国主義へ)規定に代わって、資本主義は1920年代までの市場による調整<外延的蓄積体制>から第二次大戦後の大量生産システムつまりフォーディズム<内包的蓄積体制>が提議された。自動車産業を中心にしたフォーディズムの分析から、市場の不安定性を取り除くには政府の介入のみでは不十分であり(この点で、ケインズ批判がなされた)、労使間・企業間・国際間の合意をもとに各種の制度を創らねばならないと結論する。また、資本主義の矛盾的な性格には同意するものの、その矛盾にもかかわらず資本主義が一定期間安定するのはなぜかということに関心を持つ。その際、レギュラシオン理論では、安定した時代の資本主義における合意や制度に注目し分析を行う。国家の規定も階級支配の道具から階級間の妥協の総体とされている。つまり、資本主義批判という共通点はあるが、従来の「資本論体系」の延長とはいいがたい質の異なるものと言えよう。

§2 経済政策論争―日本の長期不況とその克服策をめぐって―

何が長期不況の原因かという現実の問題は優れて理論的問題である。

官僚主導の不徹底な構造改革の連続が原因(例 1940年体制論や竹中プラン)説は構造改革の徹底で年2%の経済成長は出来るという、サプライサイド重視の学説で、市場原理の万能性に依拠している。ほか、金融面の問題を取り上げる考え方には、不良債権処理が出来ていないことが原因とする説と金融政策重視説(資産デフレと物価デフレが原因だから、インフレ・ターゲットを示すべき)がある。さらに、市場の不完全性に立つ(マルクス学派)ものに、消費の減退説がある(勤労者家計の消費はリストラやサービス残業・年金への不安で萎縮していることに問題)。経済政策論争の基礎にある経済理論上の論争が省みられなければならない。



Ⅴ 情報ネットワーク経済と新たな経済現象への課題

§1 金融の不安定性

情報化の進展とともに、地球規模での投機がおこなわれる状態になっている。実体経済と金融経済の不安定性をどのように説明するかの課題がある。ケインジアンの流れの中にあるH.P.ミンスキーの金融不安定性の理論では、企業家とともに銀行家の期待に基づく経済行動がバランスシートに反映されると考え、ランダムに動く現代の景気循環の下での不況からの脱出には、両者の財務内容を改善するような新投資の必要性を数理的に論じている。

金融についてはトービンのqの延長上に、企業の価値とは何かを明らかにし、激化するM&Aや投機、さらに短期の資本移動の傾向が強まることがもたらす景気変動についての研究課題がある。

§2 情報資本主義

 過去の経済理論の論争が市場の完全・不完全を議論する中で、軽視してきた問題として情報の問題(つまり、情報は全て価格・賃金・利子率によって伝えられるという考え方)を取り上げ、情報の経済学=インセンティブの経済学を定義したのはJ.スティグリッツであった。この議論を生かす作業が未完のままである。

また、情報化の中での収穫逓増モデルを形成した内生的成長論(P.ローマーやC.I.ジョーンズら)を発展させ、研究開発投資(いかにして技術革新が生じるか)のほかにネットワーク経済・市場の進展を織り込んだモデルを形成する課題がある。つまり、情報化を社会的に進展させたり、企業間の競争状態に与える影響をモデルに織り込む必要があろう。

なお、情報化をIT革命として解釈すべきかどうかの歴史的観点からの分析は欠かせない。

§3 近代理論への批判

現代資本主義の否定的な現象面がなぜどのようにして生じているかの研究は、市場の役割と限度をどのように見るかが根本的な問題であろう。この中では、①『資本論』解釈の次元を超え、②極大化原理や均衡概念への主観的な拒否を乗り越え、③近代理論の最新形態への批判に必要十分な理論の構築が必要となる。その際、投資関数は柱になるほかそれが分配格差をさらに広げ、金融を中心に振幅の大きい周期の短い(つまり物理的には慣性が弱い)景気変動をどのように生じるかが解析的に説明されるべきであろう。 ④従来のマルクス経済理論との関係における、ロボットやサービス業の価値生産と生産的労働の概念との整合性如何の課題を解決しておく必要があろう。

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